栃木の偉人・有名人紹介②/弓削道鏡

栃木県には、実はたくさんの偉人・有名人がいる! ということで、日本史好きを代表して、これからは少しずつ栃木県について紹介したいと思っています。これはその第二弾!


今回は弓削道鏡(ゆげのどうきょう)です! 弓削は俗姓なので、道鏡(どうきょう)としてなら知っている方もいるかもしれませんよね。道鏡って日本史好きにとってみたら、日本史の中でめちゃくちゃに熱い展開を巻き起こした方として、凄く凄く有名なんですよ!


道鏡はどんな人か

1 奈良時代の僧侶で、法王
2 天皇(女性)の恋人
3 日本三大悪人のひとり
4 栃木県の下野市に左遷された亡くなった

簡単に説明するとこんな感じですね!
1〜3のインパクト凄いなって私は思うんですが、どうです? なかなか面白くないですか? ではちょっと詳しく見ていきたいと思います!


1 奈良時代の僧侶で、法王
僧侶で法王って何? って感じですが、当時は天皇の次にえらい人が法王になれました。とはいえ、いつの時代もいるわけではなく、日本でこの地位になれたのはなんと聖徳太子と道鏡です!


2 天皇(女性)の恋人
当時の天皇は女性で、孝謙天皇でした。彼女は奈良の大仏を建築した聖武天皇の娘です。彼女は母親が病気になった時に祈祷してくれた道鏡を好きになってしまい、好き過ぎてただの僧侶を天皇の次に偉い人にしてしまったのです。


3 日本三大悪人のひとり
天皇にめちゃくちゃに気に入られて法王までのぼりつめた道鏡は、「次は自分が天皇になる!」と僧侶なのに言い出します。道鏡のことが好きな孝謙天皇も、「彼を次の天皇にする」と言い出して、朝廷はえらいことになりました。


結果的にそれを止めたのが、日本のヒーローである和気清麻呂(わけのきよまろ)です。道鏡の企みを阻止したため、天皇の怒りを買って鹿児島に流されてしまいました。しかしめちゃくちゃに有能な人だったので、天皇が変わった後に再び朝廷に戻され、政治を助けました。なんと千年続いた平安京を作ったのがこの人です。


現在は、皇居を望む場所に和気清麻呂の像が立っているんですが、今も皇居を守っているそうですよ。お札にもなったんですよ!

これは明治時代の紙幣です。和気清麻呂は明治〜昭和の十円札の人でした!


4 栃木県の下野市に左遷された亡くなった

和気清麻呂に企みを阻止された道鏡は、孝謙天皇が亡くなった後は栃木県の下野市に左遷されました。下野薬師寺という場所なんですが、回廊が復元されて観光できる場所になっています。


というわけです。
道鏡面白くないですか?

それにしても、こう天皇家のことを記事にしていると、平成が終わって令和がはじまることをひしひしと感じますね。日本史好きとしては、200年ぶりに上皇が誕生するということにロマンを感じているんですが、そのへんどうなんでしょうか! 楽しみですね!